映画「戦場のメリークリスマス」の感想 |
終戦70周年記念の絡みだと思うが、最近テレビでやっていた映画。
監督は故・大島渚である。平成生まれの人はあんまり知らないと思うが、1990年代和服を着て屁理屈を偉そうにがなる、インテリ馬鹿のキャラでよくテレビの雛壇に座っていた元映画監督の芸人であった。個人的に印象的だったのが現役の弁護士とケンカして、俺は京大法学部出身だからお前よりも法律のことは知っているなどとどなっていたシーンである。子供なりにアホ丸出しで面白かった。まあテレビ番組というのは基本全部ヤラセだから、半分台本通り言わされていただけなのだろうが・・・・
あらすじは日本軍捕虜収容所に収容されていた英軍捕虜と日本の軍人の心の異文化交流あるいは日英文化比較を描いた代物である。
どうもプロットが完全に破綻している感じがする。中でも異文化交流を描く舞台に、よりによって第二次世界大戦下日本軍捕虜収容所を選択してしまったのはまずい。
周知のとおり日本軍人の憲法9条、戦陣訓には「生きて虜囚の辱めを受けず」とあり捕虜など生きる価値なしの裏切者、犯罪者と見做していた。しかも物資不足と兵站軽視により捕虜はおろか一般の将兵ですら慢性的な食糧不足で日本軍全戦死者230万人の内半数以上が餓死者であると推計される。この様な軍隊の捕虜収容所がいかなる状態であったか、想像するまでもないだろう。しかも被収容者は有色人種を100年以上搾取し差別し続けた人種主義の総本山ともいえる大英帝国軍人・・・・・・・
結果、戦後酸鼻を極めた戦争犯罪裁判の名を借りた米英の復讐劇の血祭りにあげられたのが捕虜虐待の罪状で裁かれた人たちであった。ドイツと異なり日本では「人道に対する罪(C級戦争犯罪)」で有罪になった者は殆どおらず、処刑された約1000人の殆どの罪状が捕虜虐待を含む「通例の戦争犯罪(B級戦争犯罪)」であった-
フィクション映画なので何をやろうと勝手だが、こうした収容所内の日英異文化交流というのは、ちょっと悪趣味なのではないだろうか?朝鮮人兵士をホモレイプの犯人に仕立てているあたり、この種の悪趣味は確信犯である。この悪趣味さに耐えられない良識ある人はこんな映画は絶対に見るべきではない。大島監督の様なタイプの人間はこういう悪趣味な前提に芸術性を見出し、酔いしれることができたのだろう。
酷いのが切腹を何度も引っ張り出してくるところである。確かに日本軍人の中にはサムライ気取りで切腹して死んだ馬鹿将校が沢山いた。これは勝手に自殺した場合で、基本的に処刑の場合他国の近代軍同様銃殺が基本である。映画の様な刑罰としての切腹など絶対にあり得ない。妙なのが切腹の際晒しを巻いているところで、あんな布巻いて腹を切っても布を巻き込んで切りにくいだけである。外科手術の映像を見れば判るように、腹を本気で切ったらドバドバ血と内臓が出てくるはずだがこれも無し。しかし武士の処刑法として斬首を前提とした形骸化された江戸時代の切腹の様に、腹の皮だけ切っても絶対死なないわけで・・・・・
ビートたけしもヤクザが切腹するというありえない映画を撮ってヴェネツィア国際映画祭に特別招待された。これは所謂ガイジン受けを狙った切腹ショウ、ネタ映像なのだろう。さあさあご覧ください!ミシマ!サムライ!ハラキリ!という訳である。
しかし製作された1983年当時といえば兵隊に行っていた世代がまだ50-70代だけあって軍装も軍隊言葉も今の映画よりははるかにまともである。パーツ一個一個を見ると例えばラストシーンのたけしのセリフ「メリー・クリスマス、 ミスター・ロレンス」と音楽は多分邦画史上に残る傑作なのだろう。個人的に余りよく判らないのだが芸術的表現は優れているのかもしれない。
最も印象的なのは意味不明の配役である。たけしの薄気味悪い鬼軍曹役もなかなかだが、強烈なのが英軍捕虜に同性愛的心情を抱く坂本龍一扮する陸軍大尉ヨノイである。けったいなメイクと無茶苦茶な素人演技、誇張されまくった日本軍人は得も言われぬサイコな存在感に満ちている。
全体として本人が意図せずに出来てしまった物凄く悪趣味ではちゃめちゃなバブル期のお笑い映画である。多分このはちゃめちゃ感が稀代の映画監督にして芸人たりし、人間・大島渚の味だったのだろう。
ご冥福をお祈りいたします。