映画「わが教え子、ヒトラー」の感想 |
「実話から生まれた」とか「ヒューマンドラマ」とかいう日本盤ジャケットに騙されて今まで借りなかったDVD。名優ウルリッヒ・ミューエの遺作とのことで見たのたが、これは奇怪なコメディー映画である。
ドイツ盤ジャケットはこれ↓
映画の内容にそぐわしい意匠である。確か「灰の記憶」もそうだったがナチ映画の日本のジャケットは感動物にみせかけた変な物が多い。日本国民はナチスで感動するのが好きな人が多いのだろうか?
ヒトラーが演説を控えてザクセンハウゼン強制収容所に収容されているユダヤ人の先生に発声矯正をお願いするというあらすじ。戦況の悪化でヒトラーが引き籠る所以外ほぼデタラメである。最初映画「英国王のスピーチ」のパロディかと思ったが公開はこちらのほうが先であった。一つ一つのシーンに挿入されるギャグの数々が粘着質でマニアックでネガティブというのか、ハリウッド映画とか邦画とは全然違う中央ヨーロッパのコメディ映画なのだろう。
出演者はヒトラーと架空の主人公グリュンバウム教授に加えてヒムラー、ゲッベルス、シュペーアといった常連の他に総統愛人エヴァ・ブラウン、ヤブ医者モレルとかテレジエンシュタット・ゲットーの死のプロパガンダ映画が遺作となったクルト・ゲロンなど満艦飾の豪華メンバーである。本物もそれぞれ濃いキャラ揃いなのだが、映画では綿密かつ的確に誇張されている。この笑いのツボ、ナチスに詳しくない人が見て本当に判るのかかなり疑わしい。
コメディー映画はセットが適当なのが多いと思う。この映画は違う。主にシュペーア設計の総統官邸が舞台なのだが家具、CG含めてかなり忠実に再現されている。これと比較すると映画「ヒトラー 〜最期の12日間〜」の総統誕生日謁見シーンの部屋などはほとんど子供だましのがらくたである。特に帝国議会のアドラー・カーテンのような総統ベットがイカす。最後の演説のシーンでも出発する建物は本物のナチ建築、ゲーリングの帝国航空省、演説舞台はシンケルのアルテス・ムゼウムである。おふざけにしては尋常ではない建築への拘りである。
ナチ行政官僚特有の煩雑な書類作業とか(この書類の山のおかげで大量虐殺の詳細が明らかとなった。スターリンや毛沢東の犯罪は当局の記録がいい加減で未だに全貌が不明。)誇張された「ハイル・ヒトラー」のあいさつも楽しいが、個人的に最も好きなのは最後のヒトラーのベンツ・パレードである。実写の白黒映像とシンクロしているが全てが完全にアホという他ない。右翼とは、プチ・ブルジョワ知識層の自由主義、共産主義と異なり、根本的に惨めで愚かな我々大衆向けの政治運動なのだ。最後アルテス・ムゼウム大階段の演説台が爆発して終了。爆発ってヒトラーっぽくて大好きです。
ユダヤ系ドイツ語圏スイス人が監督である。このバックグラウンドでない人がこんなふざけた映画を作ったら殺されるだろう。カタルシスとか教訓とか感動とか何もありません。好き嫌いははっきり分かれると思うが独創的なナチ映画。