「企業参謀-戦略的思考とはなにか」の感想 |
歴史や科学のそれと比較して、本屋のビジネスコーナーというのは謎に満ちている。
例えば金持ちになる方法とか、そんな本を読んで金持ちになれるなら誰も苦労しないだろう。
あるいは大物実業家がつぶやく名言だの回想録から一体何が判るのか謎である。非合法スレスレの儲けの種や、ライバルの追い落とし、政治工作、税金流用、節税対策、株価操作、粉飾決算、人員削減、下請け系列いじめなど我々細民には想像もつかない数々の悪事をあっさりと削除した胡散臭い代物であることは明白ではないか。
こういう代物を有難がって読むような聡明な人々に、彼らが欲しているらしい「成功」が天から降りかかるとはどうも信じがたい。
この本はそういう宗教書の類の内容ではなく、情け容赦ない資本主義世界における戦略的思考についての純技術的な話である。著者はマサチューセッツ工科大で原子力工学の博士号を所得後アメリカのコンサルタント会社マッキンゼー・アンド・カンパニーで働き日本支社長を務めている。その経歴からか技術者らしい理屈っぽい論理展開をしている。
例えば「残業を減らすにはどうしたらよいか」という設問に対して普通我々がやるようなだらだら思いつくままに解決策と目標を掲げるのはダメなのだという。「会社には仕事量に対して十分な人員があるか?」とか「仕事の量と質に対して人員の能力が適当か?」という有無を言わせぬ設問へ問題を落とし込み、それに対する解決策を示し、執行しなくては問題は解決しない。
あるいは「事業部間人事交流の欠如」という問題があった場合対策として「人の出入を容易にし人事交流を図る」という短絡的な解決策のもダメなのである。なぜ交流が欠如しているのかという問いに対して問題点が何に帰属する問題なのか、という本質的な理解なしに有効な解決策は得ることが出来ない。この場合本質的な問題は「人事の硬直化」である。なぜ人事は硬直化するのかという本質的設問は再び展開される。この本ではその展開のために木の根っこのような設問へ系統的に整理して物事を理解・解決する、図を用いた方法を採用している。
この本では図や表が多用される。といっても理系の人間から見れば小学校の算数程度の内容の物で何とも原始的な雰囲気の代物である。しかし泥臭い金儲けの問題解決に図や表を使うのは見た目に判りやすく面白いことではないだろうか?
この表を用いた整理、理解で興味深いのはエジソンが創業した電器大手のジェネラル・エレクトリック社が多数の事業部の収益性と将来性を二次元に分類し、企業戦略に用い始めたPPM法である。詳細はwikiを参照いただきたい。こういう2つの座標軸がある方程式風の表は最近の雑誌の記事でよく用いられている。確かに判りやすい。これは大前氏が在籍していたマッキンゼー社のライバルであるボストン・コンサルティング社が多角化した企業の分析手法として生み出したのである。
多数の事業部から成立する企業は、しかし自社に固有の成功の鍵(KFS=Key Factor for Success)を有していなくてはならない。例えば銀行業のKFSはいかに安い金を大量にかき集めていかに高く貸すかということである。記述は少ないが、恐らく大前氏はこのKFSの分析に最も重要な力点を置いているように思われる。
圧巻は第三章戦略的思考方法の国政への応用であろう。イカ漁を巡る国際紛争の短いシミュレーションなのだが、ブリリアントという他ない。表や図を駆使して展開や抽象化、分析を繰り返し最上の問題解決策を提示するという恐るべき代物である。
恐らくルメイやマクナマラの様なアメリカの戦争犯罪者達はこのような戦略手法を用いて日本人やベトナム人を大量虐殺したのだろう。戦略的思考は単なる金儲けの小道具ではないのである。
よってこの本を国定教科書に指定し義務教育段階で全国民に戦略的思考を叩きこむべきではないかと思うのだが・・・・実際に使いもしないマニアックな英単語スペルを寿限無寿限無と暗記させるよりもよっぽど卒業後に役に立つのではないだろうか?