「日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理」の感想 |
表紙や題名からして昭和の胡散臭さ満載の本。藤田田や五島勉のワニの本やノン・ブックなどを想起させる懐かしい雰囲気である。
ネット連載記事で非常に目を引いた著者、北野幸伯氏の作品であったのでついつい買ってしまった次第。
大部分のネットニュース記事などは読者の読みたいネタを適当に膨らまして書き散らしたものが多く殆ど読む時間の無駄である。特に国際政治分野が顕著で、今や韓国の一方的な悪口はネット右翼の精神安定剤となっているようだ。しかしこのネット連載記事は有象無象の中でスパイの報告書じみていて異質な特色がある。具体的には新聞のベタ記事から何らかの重要な外交的兆候を読み取る特異な能力である。
スパイというと007とかの秘密道具とか冒険とか暗殺とかハニートラップの様な華々しい不法行為を想起する。実際のスパイの仕事は要人のゴミ箱を漁って情報を記録して整理したり、街の様子を眺めたり、新聞を隅から隅まで読んで分析したりなどの地味な作業が大部分らしい。ちなみに防諜対策がガバガバな日本の国会議事堂や中央官庁では中国共産党のスパイ(≒外交官・駐在武官・マスコミ)がドヤ顔で闊歩しているとのことだ。存在意義がさっぱり分からない在日朝鮮人スリーパーセルなんかよりよっぽど国防上、外交政策上問題だと思いますが、ネット右翼の皆様はこの問題いかがお考えでしょうか(笑)?
戦前は日本も陸軍の堀栄三や外務省の杉原千畝、大阪朝日新聞の尾崎秀実の様な国際的評価の高いスパイを輩出したスパイ大国でもあった。
日本のしょっぱいマスコミや学者にはまずいない、こんなスパイじみた記事を書くこの日本人は何者なのかと思って経歴を見たら、高校卒業後直ぐにソ連外務省の付属機関モスクワ国際大学へ留学卒業した人物であった。モスクワ国際大学は1944年大戦勝利後の世界を見越したスターリンが、戦後ソ連と衛星国の外交官、つまり共産主義世界支配のエージェントを養成するために創立した機関である。この機関の卒業生は半分が外交官、半分はKGB職員になったとのこと・・・・・・道理で思考回路と情報処理技術がスパイじみているわけである。卒業後ロシア少数民族自治区の大統領顧問をしていたとのこと。怪しさ満点である(笑)
内容はシンプルで簡潔、
国際政治は軍事力と経済力のあるいくつかの大国によって動かされる。
大国にはライフサイクルがある。
国益とはカネと安全の確保である。
エネルギー問題は上記双方の原動力である。
基軸通貨を掌握する国が世界を制する。
国益確保のために国家はウソをつく。
世界の全ての情報は作為的な操作を受ける。
世界の出来事は国家の戦略によって仕掛けられる。
戦争は情報戦、経済戦、実戦によって戦われる。
ちょっとでも世界史をかじった人間であれば、そんなこと判っとるわいとなるが、実際の例、尖閣諸島問題、湾岸戦争、イラク戦争、クリミア半島紛争などを例証に挙げサクサク話を進められると空恐ろしい気分になるだろう。種々の物騒なニュース、あるいは当事者にとってはおぞましい惨劇の数々が如何にしてなったかが、極々単純な法則によって自動的に演繹していく。我々は歴史を読む上で薄々認識しているある種の法則を眼前に引きずり出された気分になるのは衝撃である。
歴史学の世界ではほぼ否定されている真珠湾陰謀説が出ているのが問題がある。しかしルーズベルト自身開戦積極派で何らかの開戦誘導があったことは恐らく否定できないであろう。他の事象に対する分析はほぼ適切かつ正統的で、イデオロギー的な偏りはほぼ見られない。(この様な印象を与える日本の時事国際政治の本は残念ながら極めて例外的である。ほとんどが同盟国アメリカの主張を一方的に垂れ流している、あるいはそれに対する脊髄反応的な反発に留まっており本質的理解とは程遠いように見える。全体として薄い。)
最終章「イデオロギーは国家が大衆を支配する道具に過ぎない」のみは議論の分かれるところであろう。このテーゼは著者が卒業した大学の創立者スターリンが20世紀に破壊した、19世紀のナポレオン三世やビスマルクなどの古めかしい国家観のように見える。恐らく全ての国家を解体し全世界をテロルで支配するつもりであったスターリンならば次のように答えるであろう
「国家はイデオロギーの理想を実現するための暫定的な道具に過ぎず、大衆及びその代表者たる指導者はいつの日かそれを葬り去るであろう」と。
アメリカ・西欧の民主主義に対する考察も冷淡かつ簡略的で、この辺りは崩壊寸前のソ連でキャリアをスタートさせた人特有の癖なのかもしれない。余計な推測を試みればロシア少数民族自治区大統領顧問の経歴がこうした国家観に影響を与えた可能性が高い。ベラルーシのルカシェンコに代表されるように、「ロシア国境に果てはない」と断言する侵略的なプーチン・ロシアに対して、ロシアの旧衛星諸国はイデオロギーを無視して様々な大国のパワーバランスを巧みに利用して自国の資源的経済的政治的存続と独立を図っているのである。国境が海で明確に隔てられ、世界最強軍事国家アメリカの核の傘の元、戦争放棄と核廃絶を口先で謳う奇怪な某被爆敗戦国とはかなり異なる感覚である。
ちなみに有用な情報を収集するコツは
・米英、EU、ロシア、中国など利害関係の異なる情報を全て収集する→各陣営が知らせたい情報・知らせたくない情報が収集できる。
・テーマごとに目に付く情報を逐一記録し重要度を点数化し時系列順に並べる→ある陣営の隠された意思を読み取ることができる
だそうです。
秘密情報の98%が公開情報に埋もれているとのこと。
妙に生々しくて説得力があります。
大したことのない内容を難解に秘密めかして書く凡百の学者とは真逆の、濃い内容を平易に持っている知識を余すところなく解説する公平公正な姿勢が見事。やや文章が砕けすぎて、硬い系怖い系の文体が好きな向きには違和感があるが。スパイになりたい方、世界史やニュースに新しい洞察を得たい方におすすめ。頭の整理にもぴったりです。